『混淆(こんこう)に惑う』
【a writer:恋 〜my friend〜】



自宅に幽霊が出るから何とかしてほしいと依頼を受けた冷川と、三角は早速、依頼人の自宅を訪れた。依頼人は若いの女性で一人暮らしをしている。部屋に足を踏み入れた瞬間、三角はぶるりと全身を震わせる。

「…いる」

「気配は感じます。でも私では視えない」

「俺にも感じるけど…視えない」

三角の目にも映らない。相当の手練れだ。

「厄介ですね。ちなみに貴方は視たことありますか?」

冷川は依頼人に訊ねた。

「えっと…長身の男性だったと思います」

「なるほど。三角くん」

「長身の男性…」

室内を見渡しながら三角は幽霊を探す。視えないのは初めての経験だ。集中しないと。三角は浴室やトイレ、キッチンをくまなく探したが幽霊はいなかった。

「どうして?私の勘違い?」

「いいえ、幽霊はいます。姿が視えないだけです」

「冷川さん、何か聞こえる?」

目に映らないなら、冷川の耳に頼るしかない、と期待に胸を膨らませたが結果は聞こえなかった。不安な表情を浮かべる依頼人に冷川は肩を撫でた。依頼人は顔を赤く染めてありがとうと礼を言った。

(何だよ、いつもは慰めたりしないくせに)

その光景を見ていた三角はムッと唇を尖らせた。冷川はスキンシップは激しい方だが何も今じゃなくていいだろう。そりゃあ依頼人は優しそうな雰囲気で容姿も可愛いし、不安になってたら慰めたり安心させたりしてあげたいが。三角は胸を押さえた。

(モヤモヤするな)

冷川が容姿端麗なのは認める。あれで性格良くコミュ障が無ければモテモテだったろうに。

「三角くん。今日は一度帰りましょう。明日また来ます」

「いいの?」

まだ解決してないのに。それとも、冷川には別の考えがあるのか?

「あの、出たら…どうすれば?」

女性が青白い顔で訊ねた。

「電話してください。すぐに行きますから」

「それならいいです」

営業スマイルで対応する冷川に依頼人は安心したように微笑む。三角の胸がズキッと痛んだ。

「では、失礼します」

冷川と三角はマンションを出た。鮮やかな夕焼けに三角はもう夕方か、と呟く。

「三角くん、この後のご予定は?」

「事務所に戻って領収書をまとめるくらいだけど」

「そうですか。仕事熱心で偉い」

「あんたが領収書をまとめないからでしょ」

金にうるさい割にはずぼらなんだよな。でもあのマンションの幽霊はどこにいるんだろう?俺の目で見つからないんじゃ対処の仕様がない。

「なあ、今日の依頼だけど」

「ああ。あれは今日中に解決しますよ」

冷川はさらっと宣言した。

「えっ、いないじゃん」

「問題ありません。それより早く事務所に戻りましょう」

聞いても答えないだろう。三角は諦めて冷川の隣を歩いた。事務所に着いた頃には外は暗くなっていた。





「三角くん、ソファに座ってください」

冷川は自分の椅子ではなくソファに座り三角に隣に座るように促す。三角はソファに座った。冷川は三角の身体をジッと見つめた。その時間がやけに長く感じる。

「…やはり、そうか。幽霊を見つけました」

「どこに!?」

キョロキョロと辺りを見回す三角を、冷川はソファに押し倒した。きょとんとする三角に冷川は耳元で囁く。

「君の中にいます」

その言葉に血の気が引いていく。

「傷跡が残っていない。となると答えはひとつ」

「もしかして」

「ええ。幽霊は依頼人の身体の中に隠れていたんです。それも奥の深いところに」

それで気づかなかったのか。自分の中にいるってことは依頼人の前には現れない。

「つーか分かってたなら助けろよ」

「すいません。気づいた時にはすでに君の中に入っていました」

謝罪する。冷川に軽くため息を吐く三角。

「あのさ、あんたが依頼人に触れてたのって幽霊がいるかどうかの確認?」

「そうですよ」

「そっか」

胸のモヤモヤが晴れてスッキリした。冷川は仕事のために彼女に触れたのであって下心はなかった。そう思ったら心が軽くなった。

「では始めましょう」

ふふっと笑いながら手を動かす冷川。口は笑っているのに目は笑っていない。幽霊も怖いが今の冷川もすごく怖い。

「冷川さん、待っ」

「待ちません」

三角の静止も聞かずに冷川は三角の「中」に手を入れた。

「あっ」

唇を噛んで耐える三角。遠慮などしない手つきで冷川はどんどん三角の中に入る。

「ひ、ひや…か、さ」

恐怖と快感で三角は涙目になりながら手を伸ばす。幽霊が自分の中にいると思うと怖くてたまらない。冷川はその手を取り、優しく握る。大きな手のひらに包まれて安心した。

「ンっ…ふっ」

必死に声を抑えてるんだろうけど隙間から零れる吐息は甘い。別に我慢しなくていいのにと冷川は思う。この空間には二人だけ、仮に来客があったとしても隔離すればいい。この状態の三角を見て、触れていいのは自分だけ。誰にも渡さない。

「私の運命…」

「…ア…うっ」

呼吸を整えながら瞳を閉じると目尻から透明の一筋の雫が零れ落ちた。三角が泣いてる…。

「三角くん!?す、すいません!どこか痛いんですか?」

柄にもなく慌てる冷川。いつも余裕で強引なところがある冷川が、三角が涙を流しているだけで狼狽えている。

「ち、がう…その」

言いずらそうに口をもごもごさせる三角。

「気持ち…よすぎて…涙が出ただけ」

三角の告白に唖然とする冷川。三角は恥ずかしさで穴があったら入りたい気分になった。

「三角くん、核心に触れます」

ずぶっと冷川は三角の核心に触れた。

「あっ…!」

「いた」

冷川はニヤリと笑う。幽霊は三角の核心に移動し絡みついていた。三角の綺麗な魂に醜悪なものが憑いていたかと考えるだけで腸が煮えくり返る。冷川は幽霊を三角の中から引きずり出した。

「うあっ!」

悲鳴を上げ、三角の身体がビクッと痙攣した。予想以上に時間と手間がかかった。三角に除霊するだけの体力は残っていない。

「三角くん、あとは私に任せて休んでください」

「で、も。あんた、が…つかれ」

こんな時でも冷川を気にかけてくれるのは嬉しいが、今は自分を優先してほしい。冷川は三角の頭を撫でる。

「こう見えて私は除霊のプロですよ。ほら、休んで休んで」

「うん」

三角が目を閉じると健やかな寝息が聞こえてきた。冷川は満足そうに頷き、霊を思いきりぶん投げた。

「チッ」

ぶん投げる直前、幽霊は冷川に呪詛を吐いた。大したことないが三角が知ったら大騒ぎするだろうな。冷川は自分のコートを三角にかけ、依頼人である女性に電話をかけた。

一時間後、三角は目を覚ました。

「おはようございます」

「おはようございます。依頼はどうなった?」

「解決しました。依頼人にも報告完了。報酬は明日貰いに行きます」

「ごめん。全部、冷川さんにやらせて」

責任感の強い三角は何も出来なかったことに対して自分を責めている。

「頭、痛いの?」

「少し。でも問題ありません」

「あんま無理するなよ」

はい、と冷川は返事する。

「三角くん、報酬をもらったら何が食べたいですか?」

「…しゃぶしゃぶ」

「分かりました。明日、行きましょう」

「…うん」

今日の仕事は終わり、二人は家に帰った。



―――Baton passing―――



【a writer:まほら 〜janitor(管理人)〜】



「今日はよろしくお願いします」

ごくありきたりな短い文章の差出人は冷川さんからだった。あの人からメッセージを送ってきたことなんてほとんど無い。昨日の件で何か気持ちの変化があったのかどうか…は分からないがこうして送ってくるということは、案外あの人も楽しみにしているんだろうか。

それにしても今日は一度も怖いモノと出会ってないな…と多少の違和感を感じつつも、既に日が落ちきった『夜』の中、俺は事務所までの道を急いだ。





事務所に足を踏み入れるや否や、目の前に広がる光景に先ほどまでの浮かれた気持ちが一気に吹き飛ぶ。ソファーに腰を掛けている冷川さんは一見すると普段と変わりはないけれど、その表情は疲労を抱えているように見えた。幾度となく繋がった影響からか、いつの間にかそういうちょっとした変化に気付くようになってしまったみたいだ。

「冷川さん、もしかして相当疲れてる?」

「ああ、三角くん...。大丈夫です。なんともありません」

「いや、そんな青白い顔で言われても全く説得力が無いんだけど」

さっきのメッセージはこの体調不良をカモフラージュするための彼なりの策だったのだろうか。

「今日はもう休めよ。フラフラじゃん」

「大丈夫。問題ありません。君との約束です。とても大切なものです」

尚、立ち上がろうとする冷川さんに俺はつい反射的に大きな声を上げてしまった。

「そんなのいつでも行けるだろ...!今は自分の体調を大切にしろよ。あんたが倒れたんじゃシャレにならないだろーが!」

自分でも驚くような声量だったが、気圧されないよう強く冷川さんの瞳を睨む。正直に体調が悪いと言ってくれなかった事に対して凄く怒ってるし、もし万が一何かあってからじゃ遅いから、と心配している気持ちを合わせて送り込む。もし、「繋がった」影響が俺だけでなく、冷川さんにもあるのならきっと届くはず…と信じて敢えて言葉に乗せずに。

しばらく無言の状態が続き内心不安が芽生え始めたころ、冷川さんが諦めたように小さくため息をついた。

「…分かりました。気分が良くなるまで静かにしています」

少し不服そうな、しぶしぶといったように返される。

「そうしとけよ。…それじゃ、俺は昨日残した分の領収書やその他諸々の書類片付けておくから、もし何かあったら言えよ」

特に理由があったわけでもなく、ただソファーの方が座り心地も良く仕事がはかどりやすいから、といった軽い理由で冷川さんの隣に腰を掛けた。

「さて、やるか」

机の上に散らかっている書類の山を見て、げんなりする気持ちを気合で誤魔化して取り掛かろうとしたその時。

不意に、ひざに重みが加わった。

「うわっ!?ちょっ!冷川さん…!あんたいきなり何して」

「すみません…。ちょっと…思ったより疲れがたまってたようで…」

いつものどこかのんびりとした声は掠れて、その表情は疲労というよりもはや風邪を引いた状態と言ってもいいように感じる。一瞬、嫌な予感がよぎりそっと冷川さんのおでこに手を当ててみる。

「ひとまず大丈夫、みたいだな...」

熱は無いようだけれど、しばらく安静にさせたほうがいいと思った。

「こんなところじゃなくて布団に横になれよ。連れてってやるからさ」

「嫌です」

はっきりと、即座に否定される。身体中の隅々から気力を集めて放たれたその言葉は、妙に力を持って俺の全身を駆け巡り、一瞬思考が止まる。

「ここがいい。…君が傍にいるここがいい」

俺の服の袖を掴んで離さないその仕草は、小さな子供が駄々をこねるような姿に見えて、その必死さに何も返せなくなり結局、書類仕事は諦めてされるがままになった。

俺が受け入れた気持ちを悟ったのか、安堵したように頬を緩めてゆっくりと瞳を閉じた冷川さんのほんの少し開いた唇の隙間から、僅かな寝息が聞こえてくる。

俺にしてやれることは何もないけれど、せめて安心させてやりたいと柔らかな、けれど手入れが若干雑なために少々絡んでいる髪にそっと自分の指を絡めた。



―――二人がいるその場所は、これ以上にないほど穏やかな空気が流れていた。日々生きていく中で、無限の雑念が押し寄せてくるありとあらゆるものの『外側』から隔離されたかのような空間。

だが、それは紛れもない事実であり、一番大切な宝物を離さないようにと、そして自分たちを阻害する全てのものが入ってこないようにと強く願った冷川が作り出した『三角』形の結界の中であることを。

三角康介は、まだ知らない。

今日一日、不思議と「怖いモノ」を視てない本当の真実をまだ知らない。

−完−
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