『立役者』お題:向日葵
【a writer:管理人】



お世辞にも綺麗とは言えない、薄暗い倉庫は今、下卑た笑い声が支配している。

齢30から60の男たちが50人程いるその中心に一際目立つ、初老の大男の手に握られているのは、全くと断言できるほどそぐわないピンク色の端切れだった。

「さすがッスねボス!あの翠石組相手に勝っちまうなんて!」

極道の世界では名の知れている翠石組を打倒した。それも自分のボスが─。となると、この道に住まう者達にとってはある意味、宝くじの一等当選よりも価値が高いものとなる。

「んで、ボス!相手はどんな感じだったんスか?!やっぱボスを見てチビったりしたんスか?!つか、ボス見てチビらねぇ奴なんかいねぇっスよね?!?!」

「おい、詰め寄り過ぎだ。もう少しお前は節度というものを…」

新参者の男を古参の男が嗜め、それを周りの者達が囃し立て、中心にいる大男─ボスが大笑いし鼻高く武勇伝を語りだす。

「そりゃもう、ワシを見た瞬間ビビり散らかしおったわい!」

さすがボス!やはりオレらのボスはアンタしかいねぇ!!…とそんな声が上がる中、地獄耳と恐れられる参謀が静かに視線で指示を出した。この場に居る極道者にとって、自らの視線や言葉を必要としない指文字でやりとりをし合うのは日常的であり、まさに身に沁みた事。騒がしさから一変し静寂が場を支配する。

「なんじゃ。こんな時に」

ボスが不機嫌丸出しのまま参謀を見やる。それを向けられても尚、参謀は指示を下ろさず、近づく者アリ、と合図を出した。

「お前達」

ボスの判断は一瞬だった。戦闘態勢の合図を出すなり部下達は一斉に散りばめ、それぞれの武器を構えて定位置に付く。それは獲物を待ち構える肉食獣そのものだった。





やがて、静寂を打ち切るようにカラン、コロン、と場違いなほど軽快な音が響き渡り、男達が息を潜める入り口の手前でピタリと止んだ。

「突然失礼しますわー」

間延びした呑気な声。罵声と血が飛び交う寸前の修羅場が一転、宴会場へと姿を変える。

「いやぁー、その際はウチのもんがえらいすいませんなぁー。まさかあないな事になるとは思いませんでして」

パッと咲いた花火のような、あるいは大地一面に咲き誇る『向日葵』のような笑顔で堂々と話す若い男の後ろから、数人のこれまた若い男達が顔を出した。

「若!それではだいぶ誤解を招いてしまいます!状況説明は的確に行う方が良いかと!」

「はぁぁー?!そんなん面倒くせぇだろ善兄!ここはちゃちゃっと終わらせて雷麺亭にラーメン食いに行こうぜ!」

「ちょっと五月蝿いから黙っててくれないかな紗月ちゃん!そんなに至近距離で喚いて僕の耳がおかしくなったらどうしてくれるのさ!」

「紗月、玲央、ここでケンカしない」

言い争いをする2人─玲央と紗月を、一際背が高い男─北斎が宥める。

「おうおうゴキゲンやなー!ゴキゲンなのは良い事や!…せやせや、状況説明な。確かに大切な事や」

先頭に立つ、ど派手な服装と独特なメイクをした若い男─依織は、周りにいる大切な家族の背中や頭を軽く撫で、未だ息を潜める極道に向かって告げた。

「ウチの可愛い弟分の大切な衣装を、小汚い手で奪って逃げておいて手柄を取った、と喚き散らしているあんさん達にちぃとばかりご挨拶に訪ねてみたものの…また逃げてしまわれたんやろかー?」

「はっ!逃げ足だけは早い野郎だな!どうせアレだろ?オレらん中で一番弱っちそうな見た目の玲央を狙ったんだろ?!んで、隣りにいた北斎が威嚇しただけで逃げやがってよ!!」

紗月の怒りの一蹴りが朽ち果てていたドラム缶に炸裂する。それは隠れていた男達を怯えさせ、晒すには充分な威力だった。

「おっと。これはこれはみなさんお揃いではないですか。これなら話は早いですね、若」

口調だけは丁寧な善だったが、その瞳には抑えきれない怒りが滲んでいる。その証拠に極限まで鍛え上げられた筋肉は大きく膨張し、今にも飛び掛からんとする勢いだ。

「この衣装、とってもお気に入りだったんだから、ちゃーんと弁償してよね。てゆーか…僕の尾行にも気付かないなんて、兄貴の言う通りホントに名ばかりのおマヌケさん達なんだねー!」

「んだとクソガキが!!」

「誰に向かって言ってやがる!!潰されてぇのか!!」

玲央の煽りにまんまと乗せられた男達の怒号が飛び交い、依織の狙い通り姿を表した。そしてその中で一番若い男が一歩前に飛び出し、依織に向かって無遠慮に指を差す。

「さっきから聞いてりゃウチのボスが逃げたとか何とかふざけたことぬかしやがって!ま、どうせ結果は変わらねぇってな!すぐにウチのボスがボッコボコのグッッッチャグチャにしてやるよ!!そうッスよねボス!………ボス?」

自らが命を捧げても構わない…それほど心酔しているボスへと100パーセントの期待と羨望の眼差しを向けた若い男の顔が、ここで初めて変化する。明らかに自分達より若く経験の無さそうな相手に、自分が尊敬して止まないボスが完全に怖気づいている姿に、若い男は戸惑いを隠せず、声を荒らげた。

「ボ、ボス…??な、なんだよその顔!!いつも誰よりも先頭を行って相手をボコすカッコいいボスはどこに行ったんスか?!だって…だってどう見てもアイツらボスよりも弱そうじゃねぇか!!人数だってこっちが圧倒してるし、なんで…なんで…みんな…そんなに意気消沈してるんスか……?俺がなんか間違った事言ってるんスか…?俺が何か…」

「その人は強くない。ただ自分よりも弱い人を狙ってる、ただの弱い者いじめなだけ」

その低い声に、若い男の喚きがピタリと止まる。声を張り上げているわけでも無いが、穏やかに話す北斎の声は不思議とその場を一瞬にして支配した。

「多分、その人は最初から玲央を狙って隠れてた。それで俺が目を離した隙に襲いかかって、玲央がそれに気付いて避けた拍子に木の枝に服が引っかかった。すぐに俺も気付いて怒ったら、破れた服の切れ端を奪って逃げていった…。これが事の顛末」

「え…?でもボスはお前らをボコったって…」

「その前に俺達がそんなことさせない。…君は騙されてた。それが真実」

「そ、そんな…」

ガックリと肩を落とした若い男を一瞥し、依織は一歩前に大きく踏み出し声を張り上げた。

「さぁて、的確な状況説明はしたで。こっからは本題に入らせてもらう」

途端、音頭が鳴る。

「ウチにちょっかい出してきとった落とし前…」

依織の全身から殺気が溢れ出す。それは後ろに控えている家族にも伝染し、ひとつの巨大な肉食獣へと変化する。すでにこの時点で勝負は決まったようなものだが、翠石組にとって家族とも呼べる仲間をほんの少しでも傷つけた輩は敵と見なされ、いかなる理由でも粛清は免れない。

「つけさせてもらうで」

お囃子と威勢の良い掛け声と共に、今宵の宴が幕を開く。─制裁という演目へと。

─完─
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