『夜半(よや)の月』
【a writer:恋 〜my friend〜】

炭治郎は刀を構えてすうっと息を吸って吐いた。

呼吸を整え、目を閉じる。あの時の光景を思い出せと己に言い聞かせる。あの時とは那田雲山との戦いのことだ。下弦の伍・累に追い詰められた炭治郎と禰豆子の前に現れたのは冨岡だった。硬度な糸を一瞬でばらばらにし、累の間合いに入り、頸を斬った。

(あの技は…凪っていってた)

水の呼吸は拾ノ型しか存在しない。だが、冨岡は確かに拾壱ノ型と言った。つまり凪は冨岡が編み出した新たな技ということになる。

(糸を切るだけで苦戦していた俺とは違い、冨岡さんは簡単に切った。俺も凪を使えれば―…)

「むーっ」

「禰豆子?」

今は夜なので箱から出てきても平気だ。

「どうした?」

禰豆子は不満そうに炭治郎を見上げる。

「炭治郎が構ってくれないから拗ねてんだよ」

「おい、権八郎!何、刀を出してんだよ?勝負してほしいのか?」

善逸と伊之助が炭治郎達の元に近づいて来た。

「違うよ。ちょっと技の練習を」

「そのわりには技、出してないよな?刀を構えて、目を閉じてただけだし」

禰豆子と遊びながら、善逸は炭治郎を観察していたらしい。ちなみに伊之助は大好物の天ぷらをもりもり食べていた。

「本当は冨岡さんに教わりたいんだけど断られちゃって」

『覚える必要はない』

拒否した挙句、逃げられた。さすがの炭治郎もショックを受けた。

「うわーっ、冷たいやつだね。柱って皆、そうなのか?」

「半々羽織は俺が倒す!奴はどこだ!?出てこい!」

伊之助は庭の周りを叫びながら走る。

「うるせーわ!近所迷惑だろ!」

「善逸の声も大きいぞ」

炭治郎が穏やかにツッコミをすると羽織の裾を掴まれた。

「うっ…」

目をうるうるさせながら禰豆子は炭治郎に遊んでと訴える。修行なら昼にでもできるが禰豆子は夜しか活動できない。修行のことばかり考えていては禰豆子に寂しい思いをさせてしまう。妹を悲しませては長男として失格だ。炭治郎は刀を鞘に収めて、禰豆子の頭をよしよしと撫でる。禰豆子は嬉しそうに頬を緩ませた。

「よし、禰豆子。一緒にあそぼう。善逸と伊之助もどうだ?」

「禰豆子ちゃんとなら喜んで!」

「ああっ!?遊ぶだと!?仕方ねぇな、付き合ってやるよ!」

二人の了承も得られたことだし、何して遊ぼうか?と相談し始めた。




冨岡は屋根の上から炭治郎達を眺めていた。冷たい夜風が体にしみる。

「見てないで参加されてはどうですか?」

しのぶは冨岡の隣に並び、仲良く遊んでいる炭治郎達を見て、子を見守る母親のような顔をした。

「元気ですね」

「………」

「炭治郎君から聞きました。技を教えて下さいとお願いしたけど、断わられたって」

冨岡は何も言わない。

「少しは人と接することもした方がいいんじゃないですか?」

しのぶはお構いなしに続ける。

「俺たちの仕事は鬼を斬る、それだけだ」

冨岡はぶっきらぼうに言い放ち、その場を立ち去った。

「本当、そんなんだから嫌われるんですよ」

しのぶはやれやれと肩を竦めた。夜空には満月がきらきらと輝いていた。



―――Baton passing―――



【a writer:まほら 〜janitor(管理人)〜】

―――あれはまるで、紅蓮の華が辺り一面を覆い尽くしたようだった。

熱風と威圧が全身を一気に駆け巡り、瞬きを一度だけしたその一瞬、全力疾走をして火照っていたはずの身体が妙に凍てついたのは、未知なる力への恐れか、それともいずれ己を超える可能性がある者が確実に存在していることへの驚きだったのか。


「…………さん……み…おかさん………冨岡さん!!!」

「!」

余程考え事に耽っていたらしく、呼び止められたその声に思考が完全に停止する程の衝撃を受けた。振り向けばそこには随分と息を切らした炭治郎が、額からとめどなく流れる汗を拭いもせずに俺を見上げている。周りに妹やあの五月蝿い仲間の姿は無い。いつの間にか引き離してしまったのか、それとも俺の後を追ってきたのか。

「何だ」

「答えて…ください!冨岡さんっ…!どうして拾壱の型を俺に教えてくれないんですか!?」

「…その必要はないと言ったはずだ」

「それは全っっっ然答えになっていません!俺でも分かるようにハッキリと言ってください!……確かに俺は、まだまだ冨岡さんの足元にも及ばない…。でも…!俺はそれでも強くならないといけないんです。俺のために命をかけてくれた人たちの為に。そして禰豆子の為に!」

『禰豆子の為に。』当たり前に口に出された言葉は、目に映らない冷たい氷柱になって俺を容赦なく突き刺す。ひたむきに真っ直ぐなその想いを持つお前が羨ましいと…そしてほんの少しだけ妬ましいとさえ思う。

(嫉妬しているのか。俺は)

情けない自分に腹が立ち、どうしようもなく人のせいにしたくなり、目の前のひとりの隊士に矛先を向けてしまう。

このまま何も言わずに去ろうか。追いかけてきてもどうせ追いつかないだろうから。

「……っ」

立ち去ろうとしたはずなのに、炭治郎が羽織の裾を強く握りしめて離さない。これを振りほどくことは至極簡単なはずなのに、足の裏と地面が密着して動けずにいる。

(これ以上逃げ続けていても、地面の底から這い出てきそうな執念がその握り締められた手には込められている…。仕方ない、か)

諦めて、ようやく思い付いた言葉をそのまま発した。

「強くなれば分かる」

不完全な紅蓮の華。あれが完全に咲き乱れたその時、炭治郎は真の強さに気付くだろう。

「もういいだろう。離せ」

これ以上答える気は無いと視線を送ると、鼻を鳴らして匂いで感じとったのか羽織から手が離された。

「俺、必ず強くなります。冨岡さんに少しでも近づけるように。…そうしたらいつか、稽古をつけてくれますか?」

「…………あぁ」

「ありがとうございます!!俺頑張ります!……っと、不味いな善逸達の匂いが近付いてきてる…!それじゃ、また!おやすみなさい!」

問題から解放され肩がおりた安堵から、無防備に駆けていく後ろ姿を見送っておく。間もなく、怒ったような心配したかのような声が複数響き、やがてそれも静寂へと変化した。



「やっぱり嫌われていたと話したこと、気にしていたのですね」

「……」

深い闇が覆い尽くす中で光を纏った蝶が俺の周りを淡く照らし、凛とした声が風に乗って届き、歩きだそうと踏み出しかけた俺の行く手をまたもや阻まれた。

跡を付けられていたことも見られていたことも気づいてはいたが、わざと放っておいたのに、またちょっかいを出しに来たのだろうか。

「そんなことをわざわざ言うために付いてきていたのか」

「あらあら。早めに話を切り上げたい本心が丸見えですよ?」

「……」

「あっ!図星ですかー。すみません、ただでさえ疲労が溜まっている身体に横槍を入れてしまいましたね。あ、治療はご自分自身で行ってくださいね。貴方用の薬は用意しておりませんのでー」

……面倒だから本気で早く帰りたい。

もういい帰ろう疲れた。無視して立ち去ろう。俺には何も見えない聞こえない話さない。

胡蝶の立ち位置を確認することもなく一歩を踏み出した時。…胡蝶らしくもない、珍しく穏やかな声音に反射的に立ち止まり見上げてしまう。

「…もう居ないのか」

―――すでにその場には人の影も蝶の一匹すら残っていなかった。






「私ったら…余計な一言を言ってしまいましたね。いけないいけない」

木々と木々の間を伝いひらりひらりと舞う姿は蝶そのもの。人々はおろか、自然さえも無意識に誘い込むその可憐な声は、今は珍しく反省の色を醸し出していた。

(貴方と同意見なのは不服ですが、私も炭治郎くんの成長ぶりは期待しているのですよ)

「反省はしなくてはいけませんが、後悔はしていないので、まぁ良しとしましょう」

蝶屋敷の屋根にひらりと舞い降り、空を仰ぐ。大きく映える月が爛々と輝きを放ち、しのぶの姿を余すことなく写していた。

「今日はいつにも増して月が綺麗ですね」

目を細めて微笑む彼女の匂いから、珍しく怒った感情が消え去ったことを誰も知ることは無く。月が照らせることの出来ない陰の中へとそっと降り立った。

「師範…おかえりなさい」

「あら?カナヲ。…起こしてしまいましたか。…すみません」

たったひとりの継子の姿を目にすると、そちらへとゆっくり歩んでゆく。

再び姿を現した小さな命に、月が一層輝きを放ち、しのぶとカナヲの姿を静かに写していた。

―終―
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